膝前部の痛みに市内でも有名な整形外科を受診した。触れたり曲げると痛い、だが、歩いても痛くない。皮膚は熱を持ち、赤く平らに腫れている。友人は加齢によるものだから仕方がない、おとなしくしていれば治ると言った。確かに人間の関節は歳を重ねる毎に劣化し、何等かの不具合が発生するものだ。

膝の痛みだと問診で告げると、二方向と屈曲状態のレントゲン写真を撮られた。程なく診察室に通され、医師は膝前部の状態を見て「蜂窩織炎(ほうかしきえん)」と診断した。キズ、毛穴から細菌が侵入し、皮膚深部で炎症が起きていると。血液検査と検尿、抗生物質の点滴、患部への薬湿布がオーダーされた。医師から三日間の通院が必要だと告げられた。

何十年ぶりかの点滴、外来の処置室で半時間を要した。

午前中の診療終了時間間際だったので、部屋にはわたしだけだった。ナース達の井戸端会議風の会話に耳を澄まし、ウトウトしているうちに終わった。

院外薬局で抗生物質と痛み止め、胃薬を受け取って帰宅した。

二日目は、薬湿布の処置だけで終わった。処置の前に昨日の医師がサラッと様子を見に来た。かなり腫れのひいた膝を見て、点滴は不要だと言った。薬湿布はもう一日続けるようにとも。

問題の三日目、この日も処置だけで終わるものだと思っていたわたしは受付でそのように告げて待合室に居た。名前を呼ばれるまでの1時間が長く感じた。前日は30分ほどで処置室へ案内されていたので、同じだと思っていた。

ようやく名前を呼ばれると、診察室へ通された。初対面の医師がわたしのカルテを一瞥し、腫れのひいた膝を見た。

第一印象は最悪だと感じた。前日までの医師と違い、「俺様は偉いんだぞ」オーラに満ちていた。

「これぐらいのことで来るなよ」と彼の心の声を聞いたような気がする。

当初診断された通り、蜂窩織炎であれば、抗生物質の飲み切り、炎症部位への加重禁止、入浴の禁止をわたしは守っている。この診断が間違っているのなら、当初の治療は必要なかった。消炎・鎮痛のためだけなら抗生物質の点滴、服用は要らなかったことになる。

「痛風だったとしても炎症が起きてるときは尿酸値が下がるから」

「ま、痛み止めだけ出しておきますから、足りなかったら来て」と突き放すような物言いにわたしは怒りの感情を押し殺すことに必死だった。ウダウダ言う患者が煩わしいのは分かるが、「俺の話をきけ!」とわたしは心のなかでシャウトした。

この医師がいる限り、この病院には二度とかからないと決めた。

医師の資質とは何なのか。

患者の話も聞かず、自分の知識だけで決めつけるのは如何なものか。

初日に聞いたナースの井戸端会議的な話。

「あの先生は気分で、突然手術するって決めるから大変なのよ」

気が向いた時にひとの身体を切り刻むってことか。

そう言えば、わたしのご近所のジイちゃんが腰の疼痛治療にこの病院に通っていて、予定外の手術で、その日の夜中に亡くなっている。とても愛想のいいジイちゃんで、腰は長年の農業従事で曲がっていたが、すぐに逝ってしまうようには見えなかったので突然の手術死に驚いた。

気分で手術する医師はわたしが三日目に遭遇した「ヤツ」なのかもしれないと思うと、ぞっとする。

出来ることなら、医師の世話になることなく生活したいものである。

written by Yoshinobu Iriguchi